1886 ベンツ1号車 1927 T型フォード 流れ作業大量生産方式 ポンティアック・トランザム
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          ラジコン部品他リアルフィギュアガシャポンキャラクターグッズ男児玩具エアガンガン用品冒険用品
発売元:アリイ 1/32オーナーズクラブ 発売元:アオシマ 1/24:36136 発売元:アオシマ 1/24:045688
商品名:初代 トヨペット・クラウン
       1955(昭和30年)
商品名:(トヨタ) マークU 
      HT 2000グランデ 1978年式
商品名:(トヨタ) センチュリー Lタイプ
        VG45型 1982年式
発注aFPK-01 \600 発注aFPK-02 \2,000 発注aFPK-03 \2,200
備考:プレスによる大量生産方式が
  はじめて導入され、同年末には
  フロントガラスにも1枚板曲面ガラス
  が使用されるようになった。
備考:1991年クラウンとセルシオの中間
  に位置する車として先進技術を最大
  限生かして発売。  V8型DOHC
  280馬力の強力エンジンを搭載。
備考:標準よりホイールベースが150o
  長いLタイプで、ノーマルホイールや
  布製のカーテンが付属します。
  プレシデントと並ぶ国産最高級車。
品切れ中 品切れ中
トヨタ:1926年(昭和元年)豊田佐吉の興した豊田自動織機製作所が、息子喜一郎を中心に1933年(昭和8年)自動車部を設立、
   昭和10年試作乗用車・トラック完成、13年「ジャストインタイム」生産方式、29年トヨエース発売、30年クラウン、32年コロナ、36年パブリカ
   41年カローラ、42年2000GT、43年スプリンター、コロナマークU、45年カリーナ、セリカ、ライトエース、48年スターレット、51年タウンエース、53年スープラ
   55年カムリ、56年ソアラ、平成元年セルシオ、2年エスティマ、7年グランビア、8年イプサム、9年プリウス、レジアス、11年ヴィッツ、13年ヴォクシー
   14年アルファード、16年マークX、17年レクサス等を発売し国内はもとより、世界でも最大手の自動車メーカーとなりましたが、世界で
   Sony、Panasonikなどと共にToyotaブランドが技術立国を代表するメーカーであるだけに、我国の戦後の浮沈をそのまま
   に体現しているといえます。 設立後間もない1941年に太平洋戦争が勃発し物資不足の中、軍用トラック主体の生産となり、
   戦後デフレによる経営危機をのりこえ、30年代後半〜40年代の我国高度経済成長期にはコロナ、カローラなどの国民車とも言え
   る基盤商品を出し、次代の化石燃料枯渇、地球環境等にグローバルに対応しようとしています。 技術屋マインドを創業家を
   中心に内部をまとめ、地域密着型の販売網から吸収される消費者ニーズとのバランス感覚は安定感があります。
発売元:アリイ 1/32オーナーズクラブ 発売元:アオシマ 1/24:41024 発売元:アオシマ 1/24:40461
商品名:ダットサン・ブルーバード 1000
      1960(昭和35年)
商品名:(ニッサン) セドリック ブロアム
       V30ターボ 1984年式
商品名:(ニッサン) プレシデント
      JS(PG50型) 1994年式
発注aFPK-04 \600 発注aFPK-05 \1,800 発注aFPK-06 \2,200
備考:革新的で安定感のあるスタイル、
   高速安定性と走行性能をそなえ、
   日本を代表する名車となった。
備考:1960年オースチンに代る中型車
  として発売、以来トヨタ・クラウンと永年
  ライバル車として存続。 ブロアムは
  エンジンにOHC・V8型ターボ使用。
備考:1965年セドリック・スペシャルの
 後継車種で同社の最高級車に君臨。
 トヨタ・センチュリーとライバル関係に
 あり、公用車・社用車に多用される。
品切れ中 品切れ中 切れ中
ニッサン:1926年(昭和元年)東京麻布の「快進社自動車工場」と大阪の「実用自動車製造梶vが合併して「ダット自動車製造」を
   大阪に設立。 合併吸収を経て1933年(昭和8年)戸畑鋳物梶i日立金属)の鮎川義介を中心に「自動車製造梶vを横浜市
   に設立。 昭和6年10型ダットサン、10年10T型ダットサントラック発売。 12年ニッサン70型、トラック、バス発売。 32年プリンススカイライン
   34年プリンスグロリア、ダットサンブルーバード35年セドリック、41年「プリンス自動車工業梶vと合併、プレジデント、サニー発売、43年ローレル
   45年チェリー、48年キャラバン、57年マーチ、平成4年シーマ、5年ステージア等技術の日産としてなじみの深い各車を発売してきました。
   11年ルノーと資本提携、カルロス・ゴーン社長を得て以来、環境重視の経営理念を図りますが、地域社会との共生と持続的発展
   を理念に持ち、九州工場(福岡県苅田町)をインフラ及び人材確保の点で地域との相互共栄を図る方針は地域再生にとつて
   大変歓迎すべき方向です。 できうれば工業化の対極をなす農漁業との相互共栄が出来たら大変ありがたいことです。
発売元:アリイ 1/32オーナーズクラブ 発売元:アリイ 1/32:71181 発売元アリイ 1/32:41033
商品名:’58 マツダ K360 幌付き 商品名:ボンネットバス 「東濃鉄道」
      ISUSU BXD-30 前期型
商品名:ボンネットバス 「中央バス」
      ISUSU BXD-30
発注aFPK-07 \600 発注aFPK-08 \1,800 発注aFPK-09 \1,800
備考:昭和33年発売。マツダは昭和初期
 コルク工業から出発、後に東洋工業と
 して削岩機、6年に三輪トラックを製造
備考:岐阜県瑞浪市と明智町大正村を
 結ぶ路線バスとして、また大正村の
 イメージキャラクターとして毎日2往復運行
備考:北海道小樽市内の運が・天狗山・
 旧銀行街通りなどの観光コース。
 路線観光バス「小樽ロマン号」
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 「バス」の語源はラテン語のオムニブス(全ての人のため)から来ており、フランスで不特定多数の人々を相手に、乗合い馬車事業を
始めたことから、その馬車をオムニビュスと呼ばれるようになり、そして欧米諸国にこの事業が広まって、英語でオムニバスとなりました。
さらに乗合馬車はその動力を蒸気やガソリンに頼るようになり、より公共交通機関として発達し、やがてバスと短縮されて呼ばれる
ようになりました。 この公共性を実現するべく、乗合バスは車内の騒音や熱気の少ない「ボンネット」形式が採られました。
発売元:タミヤ 1/32:94558 発売元:タミヤ 1/32:17801 発売元:タミヤ 76001
商品名:ブレイジングアロー
     4輪駆動 ダンガンレーサー
商品名700系新幹線
   2輪駆動 組立済みtype1シャーシー:
商品名:ソーラーカー工作
       基本セット
発注aFPK-10 \800 発注aFPK-11 \720 発注aFPK-12 \3,000
備考:130モーター付、リヤモーター・リヤ駆動
  初代ダンガンウルフ、徳川裕次郎仕様
   タイプ2シャーシー
備考:700系新幹線は1999年に営業
   運転が開始され、「カモノハシ」と
   呼ばれるエアロストリームフォルムが特徴
備考:ソーラーバッテリー0.5-1200mAh
    ソーラー専用モーター、ホイール付
  組立、走行に必要な物は全て付属。
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ミニ四駆について

















 潟^ミヤが最初にミニ四駆「フォードレンジャー」を発売したのが1982年(昭和57年)でした。
当時はガンダムプラモが大ブームで、私達もミニ四駆はあまり意識していませんでした。
その後’84年にコミカル四駆「ホンダシティターボ」、 ’86年には最初のレーサーミニ四駆「ホットショット
Jr」が発売され、さらに’87年にワイルドミニ四駆「モンスタービートルJr」と続きますが、特に注目
するような商品ではなかったように記憶します。 しかし’88年(昭和63年)頃から小学校
高学年を中心に一気に人気爆発し、大ブームを起こしました。 
モーター付で600円と手ごろな価格。 接着剤がなくても30分もあれば簡単に作れる。 
そしてスピード感抜群など、それだけでも大変な魅力でした。  さらにレベルアップして、
パワーアップ、軽量化、摩擦、耐熱、対空力、接地性など工夫・改良する事はいたる所に
ありました。  中でも最も経験してもらって良かったと思われることは、「例えばモーターやギア、タイヤなど、個々の部品の最高性能のものを装着すれば、最高の性能が得られるかと言うと、多くの場合そうはならず、色々と試行錯誤し工夫した中で、全体のバランスをとることが、もっともより良い性能が発揮出来ることを体感してもらったことです。 相手はギア、モーター、シャーシー、タイヤ、ボディなどの個々の部品物体ではありますが、それぞれに役割分担し、調和しながら全体を構成していることをなんとなく感じてもらったような気がします。
 当店でも何度かミニ四駆レース大会を行いましたが、当然勝つための目的の参加者も
おり、そこには多くの創意工夫と努力がなされています。 その一方で低学年や女子など
に多く見受けられたのは、勝つことよりも自分のマシンをようやく作ったのはいいが、全体
の中ではどの程度なのか?  早いマシンとはどこがどう違うのかなどを確かめるために
参加した人達も多くいます。  遅いマシンや動かないマシンに対して上級者がモーター
ハウスを開けて説明している光景をしばしば見かけました。
このような色々な光景を見ているだけで私達は大変満足した記憶が残っております。
あの大ブームから何年経ったのでしょう。  
当時ミニ四駆に熱中していた人達は、今は30歳後半になっていると思われます。 
社会の中堅になろうとしている年代です。
当時の経験が現在彼らにとって、どのような枝葉となっているのでしょう・・・。