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【電子ゲーム】各シリーズへ移動:未来について、室内ゲームスーパーファミコンプレイステーションゲームボーイ任天堂64その他電子ゲーム
ゲームボーイ関連品 任天堂64関連品 プレイステーション関連品
GB:1989年4月発売、シリーズ計1億台強を出荷
GBカラー:GBの上位互換機として1998年発売。
GBアドバンス:上位(32bit)互換機として発売。
1996年任天堂からスーパーファミコンの後継機とし
て発売、4人プレイができる64bit機として登場。
合計約3300万台余りを出荷。ソフトは総数206。
PS:1994年32bit機として発売、7000万台強
出荷、
PS2:2000年発売、PS用ソフトと互換
性あり、計1億台を超え、最大人気機となる。
品名:ゲームボーイ カセット 例 6点 品名:任天堂64 カセット 例 6点 品名プレイステーション用ソフト 例 6点
R-タイプ ゼルダ伝説 ベイブレード マリオゴルフ64 マリオカート64 ピカチュウゲンキ PチョコボのDJ Pグラン ツーリスモ P FFZ
ロードランナー ワンピース 遊戯王5 マリオパーティ2 スマッシュBR 爆ボンバーマン P2 オールスタBS P2 KOコロシアム P2 ウィニング11

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発売元:任天堂 中古品 発売元:任天堂 中古品 発売元:ソニー 中古品
品名:ゲームボーイ用 充電式バッテリー 品名:任天堂64用 コントローラーパック 品名:プレイステーション用 メモリーカード
発注番号:DG-01 ¥1,000 発注番号:DG-02 ¥800 発注番号:DG-03 ¥800
スーパーファミコン関連品 ゲームキューブ関連品 プレイステーションポータブル関連品
1990年任天堂からファミリーコンピューターの後継機
として発売、16bit機として登場して以来、
合計4900万台余りを出荷。
ゲームキューブ:2001年任天堂64の後継機として
発売。上図はDVD-Videoも再生可能な互換機
としてパナソニックから発売された「Q」
PSP:DSのライバル機として2004年12月に
同時発売。 本体出荷台数5000万台、ソフト
数680タイトルを超えるヒット商品となる。
品名:スーパーファミコン用ソフト 例 8点 品名:ゲームキューブ用ソフト 例 8点 品名:PSP用ソフト 例 6点
ドラゴンボール武闘 クレヨンシンチャン2 聖剣伝説2 マリオパーテイー4 キン肉マンU世 ゼルダ 風のタクト ウイニング11 2010 ガンダムVSガンダム モンスターハンター2nd
スーパーマリオカート ファイナルファンタジX クロノトリガー ゾイゾ バーサス マリオ サンシャイン 動物番長
もうひとつの宝島 ドラゴンクェストW スターフォックス ルイージ マンション

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発売元:任天堂 中古品 発売元:任天堂 中古品 発売元:UNIFIUE 中古品
品名:スーパーゲームボーイ 品名:ゲームキューブ用 タルコンガ 品名:PSP用ACアダプター
発注番号:DG-04 ¥300 発注番号:DG-05 ¥1,500 発注番号:DG-06 ¥1,500
備考:スーパーファミコン用ゲームボーイカセット 備考:ゲームキューブ ドンキーコング専用コントローラー 備考:中国製
スーパーファミコン関連品 ゲームボーイ関連品 その他電子ゲーム
発売元:ハドソン 中古品 発売元:任天堂 中古品 発売元:Microsoft
品名:スーパー ジョイカード 品名:任天堂64用ゲームボーイパック 品名:Natural Ultimate Digital Experiment
発注番号:DG-07 ¥800 発注番号:DG-08 ¥800 発注番号:DG-09 ¥1,500
備考:スーパーファミコン用コントローラー 備考:ゲームボーイソフトは入っていません。 備考:Xbox用ボイスコミュニケーター同梱
発売元:セガ 中古品 発売元:セガ 中古品 発売元: 中古品
品名:セガ サターン 本体+ソフト3本 品名:ドリームキャスト 本体+ソフト3本 品名:プレステ ミニ 本体+ソフト10本
発注番号:DG-10 1セット\5,000 発注番号:DG-11 1セット\5,000 発注番号:DG-12 1セット\15,000
備考:箱・説明書なし
    本体+コントローラー1個+
      拡張ラムカートリッジ4MB+
        ソフト3本
備考:箱・説明書なし
    本体+AVケーブル+
      コントローラー2個
        ソフト3本
備考:箱・説明書なし
    本体+AVケーブル+電源+
    コントローラー1個
        ソフト10本
発売元:任天堂 新古品 発売元:エポック 中古品 発売元:任天堂 中古品
品名:FCディスクドライブ専用ACアダプター 品名:つりゲーム コントローラー 品名:ゲームボーイ ポケットカメラ+プリンター
発注番号:DG-13 \500 発注番号:DG-14 ¥1,000 発注番号:DG-15 1セット\2,500
備考:ファミリーコンピューター・ディスク用 備考:プレイステーション用 備考:ポケモンイエロー、ゲームボーイ本体は別売
【ハンドヘルド ミニゲーム】 【ハンドヘルド ミニゲーム】 【ハンドヘルド ミニゲーム】
発売元:バンダイ 6才以上用 発売元:タカラ ポケットブリーダー 発売元:トミー ゾイド
品名:バトルベーゴマ ブルータイプ ・ ブラックタイプ 品名:@-トウカイテイオー二世 A-オグリキャップ二世 品名:ゾイドギア
発注番号:DG-16 各\1,500 発注番号:DG-17-@・A 各\1,000 発注番号:DG-18 ¥2,000
備考:ブルー・ブラック各タイプの登場キャラは
  若干異なりますが、ゲーム内容は同じです。
備考:電波受信・歩数計機能、スワン端子内蔵 備考:大容量2MG、高画質
発売元:バンダイ 6才以上用 発売元:バンダイ 仮面ライダー 発売元:テンヨー 8才以上
品名:アラレちゃん ほよよラップ2 青・ピンク 品名:ブレイバトラー 品名:スージアム ミニ(数字のクロスワードパズル)
発注番号:DG-19 各\1,680 発注番号:DG-20 ¥4,500 発注番号:DG-21 ¥2,000
備考:指押し勝負 備考:ラウズカードバトルゲーム 備考:雑誌の問題も入力して遊べる。
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テレビゲームの歴史





















富士フィルム計算機

インテル4004

オデッセイ

エポック、テレビテニス

Apple U






















































 私達「トイランド宝島」が営業を始めたのは1977年(昭和52年)7月でした。   当時は「お正月」「卒業、新入学」
「ゴールデンウィーク、子供の日」「夏休み、花火」「運動会」「クリスマス」
と四季折々に季節感がはっきりしていた時代
でした。 人々はその時季が来ると、同じ様に行動し、同じ様に楽しみ、大人も子供も、お隣さんも、皆共通のフィールド
に立っていることに満足し、安定感を覚えていました。  1970年(昭和45年)には大阪万国博覧会が千里丘陵の地に
開催され、10回以上会場を訪れました。 古河パピリオンでは今の「電車でGO」や「UFOキャッチャー」の様な、IBMパピリオン
では「月着陸船」「ゴルフゲーム」などのコンピューターゲームが公開展示されていましたが、私達観客にはそれは遊園地の遊具
として、また架空の演出ショーとして眼に映っていました。 たぶんアナログの世界から、数字と電子で構成されるデジタルの
世界を望んで、星の光のみが指標になる宇宙空間に放り込まれたような、理解の範囲を遥かに超える物体を見ていたの
ではないでしょうか。 やがて私達の店にも業務用のゲーム機
「スペースインベーダー」が入り、たちまち子供達の人気に
なりました。  大人達は面白いものと理解し、ゲームにチャレンジするものの、すぐにゲームオーバーしてしまいます。
明らかに従来の固定観念が邪魔します。   身体は前後左右に大きく動きますが、肝心の指先は戸惑いを見せます。
そして観客にまわり、以後経験済みの物分りの良い評論家になります。 例外なく口にされるのが「世の中変わったな!
自分達が子供の頃は○○だった」という言葉です。  大人たちの戸惑いをよそに子供達は新しいメカニズムを「体感」で
柔軟に受け入れます。 
 それ以後、
LSIハンドヘルドゲームファミリーコンピュータープレイステーションと続いてゆきますが、その元になる
コンピューターが開発されたのもそう古い話ではありません。
 この時期はまさにコンピューターの黎明期で、現在ここまで普及し、私達の日常生活に無くてはならない物となっている
現状を省みると、かつての産業革命に匹敵する文化変革の時代を生きたとも言えます。 時代をリードしたのはもちろん
次に出てくる開発者であり、システムであり、それを具現化した「モノ」その物ですが、普及や定着をさせた主役は案外
一般庶民であり、それも過去の部分があまり無い「若者や子供達」であるように思われます。 だからと言って新時代の
主役はこれ等のリーダーや若者子供達ばかりではありません。 短時間で社会の仕組みや考え方が変化した時の混乱
を想像して見て下さい。  どんなに新しい技術でも、新しい科学でも、必ず過去の実績の積重ねの上にあります。 
また、ごく一部の過去の部分否定の上にあります。 
インテルの創設者ロバート・ノイスゴードン・ムーアはトランジスタ
の発明者
ウィリアム・ショックレーによって事業研究に誘われる幸運を得ながら、経営資質を見限って8人の仲間とともに
新会社を設立しています。  マイクロソフトの創業者
ポール・アレンビル・ゲイツはIBMからOSの開発を依頼(当初IBM
は当時のOSを独占していた
ゲーリー・キルドールに依頼したが契約条件で折り合いつかず)される幸運に恵まれたが、
キルドールのOSに似たOSを開発していた
ティム・パターソンの協力をえてあのMS-DOS(マイクロソフト・ディスク・オペレーティング
・システム)を納入し、現在の
WINDOWSにつながっています。 これ等を見ても明らかに1人だけの英雄が時代を変える訳で
はありません。 社会が希望して、同意して、受入れ態勢をもって初めて変革が行われます。 変革の時、かの大人達は
自分達が歩んできた「良き面」を頑固なまでに護りながら、新しい社会を受け容れる良き理解者として、また良きコンダクターと
して、取捨選択の決断の主役を演じます。   この様にして
新しい時代は「驚きと羨望と期待と、惜別と一抹の不安感」の
混在した雰囲気の中に移り変わって行く
のでしょうか?
 我国はすぐ直近の時代に明治維新という大変革の時代を経験しています。  その経験が下記ような情報革命とも
言われる時代に重要な役割を演じた我国の人々の行動の基盤になった事は間違いないと思われます。

 それでは私達が取扱う
「電子ゲームを中心にして、コンピューターの歴史」について少し触れたいと思います。

1942年(昭和17年) アイオワ州立大学教授
ジョン・アタナソフと院生クリフォード・ペリーが真空管による最初の
             
電子計算機ABCマシン試作機を製作。
1945年(昭和20年) ペンシルバニア大学の
エッカートモックリーにより弾道計算用(真空管18.800本使用)の
             長さが約45mに及ぶ
巨大な電子計算機ENIACを製作。
1956年(昭和31年) 富士写真フィルムの岡崎文次が日本初の
写真用レンズ設計計算機(真空管1.700本)を開発。
1958年(昭和33年) 米ブルックヘブン国立研究所の
ウィリアム・ヒギンボーサム博士がアナログ演算機とオシロスコープ
             より
「Tennis for two」ゲームを開発。情報処理の一般公開展示を面白くするために製作された。
1962年(昭和37年) 米マサチューセッツ工科大学の
スティーブ・ラッセルのグループにより「スペース・ウォー」ゲームを開発
1970年(昭和45年) EXPO 70 で
「電車の運転テスト」「ボイス・コントロールクレーン」(古河グループ) 大阪万国博覧会
             
「月着陸船」「ゴルフゲーム」(IBM)等が遊戯展示される。
1971年(昭和46年) 日本のビジコン社(旧社名 日本計算機販売)がインテル社と共同開発でマイクロプロセッサ
             
MPU 4004を使用した世界初のマイクロコンピューター ビジコン141PFを発売。
             
「コンピュータースペース」(ナッチング・アソシエイツ社ノーラン・ブッシュネル作) 最初のアーケードゲーム。
1972年(昭和47年) 
「オデッセイ」(マグナボックス社=TVゲーム特許所有)発売、最初の家庭用TVゲーム。
1975年(昭和50年) 我国初のテレビゲーム機
「テレビテニス」(エポック)発売。            沖縄海洋博覧会
             米国でテレビゲーム機
「PONG」(アタリ)発売、大ヒット。初のゲーム専用LSIチップ搭載。
             米ザイログ社(元ビジコン社の
氏、元インテル社のファジン氏)強力な8ビットMPUのZ80を開発。
1976年(昭和51年) 最初の
パソコン Apple T(8ビット) が誕生。
1977年(昭和52年) 
Apple U(8ビット、1MHz、RAM4KB)が米国アップル社より発売。        トイランド宝島 開店
             初めてキーボードが付属。
             テレビゲーム機「カラーテレビゲーム15」(任天堂)発売。 この頃第一次TVゲームブーム。
1978年(昭和53年) 
シャープ MZ-80K(8ビット、2MHz、RAM32KB)が国産ではじめて発売。
             初めて保存・読込み用にテープレコーダーが付属。      この頃早くもTVゲーム不振。
1979年(昭和54年) 
アーケードゲーム「スペース インベーダー」(タイトー)大ブーム。         晴海宇宙科学博覧会
1981年(昭和56年) 
IBM PC(8ビット、5MHz、RAM64KB)がMS-DOSを搭載して初めて事務用 神戸ポートアイランド博
             PCとして発売。 初めて保存・読込み用にフロッピーディスクが付属。
             
NEC PC-9801(16ビット、4MHz、RAM128KB)が日本語仕様PCとして発売。
             任天堂 携帯型液晶ゲーム機 
ゲーム&ウォッチ(LSIゲーム)を発売。
             初のカセット差替え式TVゲーム
「カセットビジョン」(エポック)発売。
1982年(昭和57年) 米国アタリ社株が暴落(アタリショック)、二番手のマテル社も含めて返品ソフトの廃棄多数。
1983年(昭和58年) 
アーケードゲーム「マッピー」「ゼビウス」(ナムコ)発売。       我国では第2次TVゲームブーム。
             「ファミリーコンピューター」(任天堂)発売。 「セガ-1000、3000」(セガ)発売。
1984年(昭和59年) 
Apple Macintosh 128K(16ビット、8MHz) 初めてマウスを使用。
             任天堂・オブ・アメリカ開業、壊滅状態の米国TVゲーム市場に参入、強力ソフトが市場を回復。
1985年(昭和60年) 
「セガマークV」(セガ)発売。                         つくば国際科学技術博
1986年(昭和61年) 「ディスクシステム」(任天堂)発売。
1987年(昭和62年) 「PCエンジン」(NEC HE)発売。                        未来の東北博覧会
1988年(昭和63年) 
アーケードゲーム「テトリス」(セガ) 以後落ち物パズルゲーム大流行。
            
「メガドライブ」(セガ)発売。                           奈良シルクロード博覧会
1989年(平成元年) 
富士通 FM-TOWNS(32ビット、16MHz) 初めてCD-ROMを搭載。
             「ゲームボーイ」(任天堂)発売。
1990年(平成 2年) 「NEO・GEO」(SNK)家庭用ゲーム機発売。              大阪国際花と緑の博覧会
            
「スーパーファミコン」(任天堂)発売。 「ゲームギア」(セガ)発売。
1991年(平成 3年) 
アーケードゲーム「ストリートファイターU」(カプコン) 以後対戦型格闘ゲーム大流行。
1993年(平成 5年) 
IBM PS/V(32ビット、50MHz) 初めてTV機能を搭載。
1994年(平成 6年) 「セガサターン」(セガ)32ビット2基搭載、発売。 
「プレイステーション」(ソニー・CE)発売。
1996年(平成 8年) 
「任天堂64」(任天堂)発売。 「ゲームボーイポケット」(任天堂)発売。
1998年(平成10年) 
アーケードゲーム「ビートマニア 2nd MIX」(コナミ) 爆発的人気。
            
「ドリームキャスト」(セガ)128ビット、発売。 「ゲームボーイカラー」(任天堂)発売。
2000年(平成12年) 「プレイステーション2」(ソニー・CE)128ビット、DVD-ROM発売。
2001年(平成13年) 「ゲームキューブ」(任天堂)発売。 「ゲームボーイアドバンス」(任天堂)発売。
2002年(平成14年) 
「Xボックス」(マイクロソフト)ハードディスク内蔵、DVDドライブ、発売。
2003年(平成15年) 
「ゲームボーイアドバンスSP」(任天堂)発売。

 ざっと「コンピューター」及び「電子ゲーム」を概観してきましたが、コンピューターの開発と電子ゲームの開発との時間の
差はあまり無いことに気付きます。 もちろん電子ゲームも「演算処理」というコンピューター(電子計算機)の本来持つ機能
を利用することには違いがない事から、電算機システムの開発と確立が優先されることにより、多少の時間差はありますが
、「パソコン」という分野に入ってからは使用するディスプレイとソフトは違いますが、時間的にも性能的にもほとんど変わり
ない経過をたどりました。   電子ゲームは大衆化、量産化のメリットによりその性能からすると比較的安価に手に入り、
その事が逆に遡及されて「電子化」を促進発展させた相互作用を生んだとも言えます。
 「電子計算機」への基本的な命令の一つに「if.thenもし○○ならば、go.to□□へ行きなさい」がありますが、電子ゲーム
では「もしボールをラケットで受けたならば、反対方向へ行きなさい」という様な命令を複雑に組合せてゲームをビジュアル化
したとすると、同じ理屈で作業したとしても一般に対する訴求力には雲泥の差があります。   前者は数字と文字ばかり、
一方後者は画で表現されたものとなると、黎明期の科学者達がなんとか自分達の作業を一般の人達に理解してほしかった
かが推し量られます。 命令語は全て英語であり、開発の文化圏である欧米文化が色濃く反映されていますが、コンピューター
の開発には我国のメーカー、人物が深く関わっていることは周知の事実です。  一歩間違えれば日本語で埋め尽くされて
いた可能性もあります。  しかし、そうならなかったのは、航空機シリーズの二宮忠八の場合と同じく、我国の文化や社会的
背景がそこまで切実に要求していなかったと見るべきでしょう。
 「電子情報」がここまで世界の隅々の分野まで浸透し、人類の生活に無くてはならないものとなったということは、まさに
人類の文明そのものと言えるものですが、過去の文明と呼ばれるものと若干相違するのは世界・人類共通に通ずる文明で
あるということです。    確かにアルファベットや英語が命令語として使用されていますが、その元は2進法による数字の
組合せによるものであり、人類共通の財産にする作業はすでにかなり進んでいます。  むしろこの「汎用性のある文明」と
既存の「地域や民族個別の文化」をどの様に融合し、どの様に差別化していくかが、今後の人類に課せられた課題ではない
かと思われます。  なぜならば、人間の数億倍を超える計算能力・記憶能力等をいまさら捨てることは、社会構造としては
不可能で、1時代前に戻ることも出来ないで、即ち原始の世界に舞い戻ることを意味します。  したがって、現代の地球上
の全人類は大なり小なりこの「電子情報処理」という文明の傘下に入らなければならないのですが、そこには同時に他国の
文化を受容れるという側面もあります。 いま盛んに言われております欧米とその他の文化の衝突も精神的なものが中心と
なるものであり、「生理的な生活」という面では人類の蓄積財産である文明を無視するわけにはいきません。  電化製品や
車も要るでしょうし、インフラの整備には文明の利器も必要になります。 さらにそれらのものは現代では情報処理部品抜き
には手に入れることが出来ません。
 確かに「良いとこ取り」という小手先のテクニックを駆使して必要部分のみのツマミ食いをする事も可能でしょうが、保守点検・
更新を含めて異文化の受容れ・融合は必然となります。 そう言った意味ではすでに「一つの文明圏」に世界はなっており、
その普及を如何に図っていき、格差を少なくしていくかが人類の今後の課題となります。
 一方、個別文化も地域や風土、歴史に根ざしたものとして、これまた生きて行く上に無くてはならないものであり、地域や
民族の個性として、生活の知恵として引き継いで行かなければなりません。 
 私達は歴史をさかのぼったということは、例によって、未来にも眼を向けなければなりません。 「文明の融合」がその範囲
を拡げる事により、さらに加速進展することは確かでしょうが、その事が既存文化の破壊につながらないように調和をはかる
作業も同時に必要となってきます。  「人類の調和と進歩」「愛・地球」など科学技術の粋を集めた国際博覧会のテーマも
またこの「人類の課題」にしぼられます。 
 「文明の先駆者達」は人類がより良い生活が出来ることを願って、夫々の課題を克服しようとした事は明らかです。
いま私達「その恩恵を被る人達」がその財産を継承・発展させる責務を負っていますが、そのためのキーワードは簡単です。
今までに先駆者達が努力した「普及」という事を各人の立場で実行することです。 なぜならば、その事によって、大衆化が
図られ、文化の融合も図られ、さらに量産化が可能になることにより大衆化は再加速するからです。  私達のこの地球上
には60億人余の人が住みます。  その内EU連合・米・加・印・日本その他のいわゆる欧米文化を色濃く反映する国々の
人口は20億人足らずです。 これ等の国々の人達が近代文明の恩恵に優先的に浴したとしても、地域間の経済や価値観
などの歪みはますます広まるばかりです。  逆に大差なく普及する事により、40億人分の膨大な人材や経済の可能性が
出てくるのみならず、異文化の融合、価値観の共有などが期待出来ます。  映画や歌、さらにはゲーム等の大衆文化は
その国のあり様にあまり関係なく、大衆の間に根強く浸透し、そしていつの間にか世界共通語となります。  しかし盛上が
る程に、そのことに危惧を抱く人達は必ずいます。
 流行り物というのは川の流れの様で洪水がきても次には平穏な流れがあり、川自体はこの水を流すという役割を途切れ
なくこなします。 中には洪水で川の外にはみ出てしまい元に戻れない人(マニア)もタマにはいるでしょうが、大部分の人達
は人生の歴史として、経験として、明日への糧とします。 特に電子ゲームを扱っていて、この項の最初に記しました「体感
(コンピユータープログラム)」を強く感じます。   そして私達の世代は若者達のこの嗅覚とも言うべき対応力に圧倒されながら、
時に教えを請います。 しかし同時にコンピューターは2万2千個の遺伝子を持つ人間ではないため「生きる知恵」は自分達
がその中に吹き込んでいかなければならない事に気付きます。  
 その事がまさに我々世代の役割であり、次代につなぐ責務であると考えます。