食糧自給率
食糧自給率

産地直送品】 【商品登録の方法】 【なぜフリーランド】 【生命の歴史】 【菓子の歴史
 食 糧 不 足(21世紀の課題)について       
 具体的に「世界規模の食糧不足」が何時、何処から、どの程度のものから発生するか? と言うことは
予測されておりません。 最も古い大陸で土壌の養分の多くが海洋に溶出したといわれるアフリカ大陸

では、温暖化がマイナス要因となる熱帯を多く抱えるサハラ以南のアフリカ諸国から「食糧危機」の口火
が切られると予測されています。


世界の国・地域の飢餓状況 (WFP世界食糧計画)1999~2001年
 しかし現代では各種の農業改良技術や、遺伝子組替えによるバイオテクノロジー技術などが研究
開発されており、方法次第によってはかなりの部分、問題解決がされるといわれます。
 ただ、人間が管理する社会は、他の動植物とは違って「生きること」が全てではありません。
そこには、政治的な思惑や食品メジャーに対する反感(※カーギル、ドール、ネスレなどの各社が巨大規模によって市場と現地農業を席捲し、経済の原理を押し付けてくる事に反発はあるでしょうが、一方では膨大な研究開発費を伴う新技術の担い手にもなっています)、新技術受入態勢の未整備など各種の人間社会のみの価値感による障壁があります。 その事がしばしば「回避する事が可能な悲劇を増幅して来た」側面は否めませんが、それでも尚且つ人類はその誕生以来、全滅の危機は免れて来ました。 それが「人類の叡智」であるか、「人類の愚かさ」であるかは、生命が「生きて、子孫を残す」という目的のもとに成立っているとするならば、未来の時が明確な答えを出してくれるでしょう。
 私達は未来につながる現代を生きており、未来に対する責任を持たなければなりません。
ただし、未来というものが「今後の不確定要素の積み重ねにより成立つ」とするならば、私達は未来に対する結果責任を負う事は出来ません。 しかし将来禍根となるような障害は取除く義務は負います。
 今、我国や世界を見ると食糧や自然などの生活環境に対する危機感は大変高まっているように見えます。 環境破壊に対する国際的規制も設けられようとしています。  個人・民間団体レベルでもゴミ問題、健康・自然志向に対する取組みなど、茫漠として沸き起こっています。  しかし、産業革命以来の近代化、効率化、資本主義の流れは、その適応環境によって当然派生する、時間差・地域間格差、個人差を生み、何時までたっても結論の出ない「平等の権利」や「国家・個人エゴ」などにより、競争のみが先行し、「未知の危険に対する回避運動」は先送りされます。
 そこで私達は将来「生物生存の危機となる食糧不足」の問題を、この地球上に共に生を受ける者として共有しつつ、各々の立場で未来にどうつなげるかという事を若干まとめてみたいと思います。
 地球生物の生存を脅かすもの!
          
温暖化
☠ 
オゾン層破壊
 
渇水
 
食糧不足
 
題点(1)
   対策:
二酸化炭素の大量排出と地球温暖化。(気温・海面上昇による塩害・異常気象など)
環境省、家庭編の「一人ひとりの地球温暖化対策」をご参考にして下さい。
  ※ただし、近年の熱暑はラニーニャ現象が主因で、むしろ地球全体は寒冷化に
    向かっていると言われます。
問題点(2)
   対策:
フロンガス多用によるオゾン層の破壊。(有害な紫外線の増加、動植物発育不良)
環境省、「オゾン層ってどうなってるの?」が参考になるかと思われます。
問題点(3)
   対策:
農薬多用による生態系汚染。(世界で3兆円強の使用、除草50%、殺虫・殺菌他50%)
無農薬、有機農法等が大きく進展しておりますが、それは最大種を誇る昆虫類にとって
も格好の居住環境になるので、プロによる仕事と見た方がよさそうです。  素人には
水耕栽培程度が妥当かも? ただし、施肥、自然農薬技術などに長けた人は特別。
問題点(4)
   対策:
地下水の大量利用による水源の枯渇。(食糧不足に拍車、水資源の争奪戦など)
農水省、「世界の水資源と我国の農業用水」が参考になるかと思われます。
問題点(5)
   対策:
人口爆発による食糧供給不足
国連を含めて各種・各国・各団体が危機感を持っていろいろな対策を実施していますが
我国に関しては食糧自給率のアップを、個人から国家まで、どの様にするかに尽きます。
問題点(6)

   対策:
耕作面積の減少(温暖化と海面上昇、砂漠化、塩類集積、都市化、工業化)
           (我国の耕作面積:昭和35年600万ha→平成15年480万ha)
我国の場合、①消費者の和食志向  ②農村復帰  ③流通・情報細分化  ④地産地消
問題点(1)、(2)、(3)の対策。 そして地方分権との相互作用。
問題点(7)
   対策:
農業従事者の減少(農業従事者数、昭和50年約1400万人→平成16年623万人)
基本的には問題点6と同じ。 新規就農者数:昭和60年7万人→平成13年53万人。
問題点(8)



   対策:
我国の食糧自給率(供給熱量 カロリーベース)40%。(昭和40年60%→平成2年48%。)
(食生活の変化:1人当り年間米消費量、昭和37年118kg.→平成15年62kg.=半減)
(食生活の変化:1人当り年間肉類消費量、昭和35年 5kg.→平成15年15kg.=3倍)
(生ゴミ排出量、年間1000万t、内、都市圏67%たい肥化事業→農村圏12%、必要)
米食・和食中心の食生活、食べ残しの削減、地産地消、など殆ど消費側の対応必要。
農水省、「食糧自給率向上のためにできること!」が参考になるかと思われます。
問題点(1) 地球温暖化と温室効果ガス

成層圏
 地球の大気は主に窒素、酸素、アルゴンで構成されていますが、二酸化炭素(CO2)、メタン(CH4)等、「温室効果を有するガス」も含まれており、これらのガスが適度のバランスを保つことによって地球上の生物には丁度住みよい大気温度になっています。  しかし、現代社会は石炭・石油などの化石燃料を多用し、植物が固定していた炭素を大量に空中に放出した結果、地球温暖化が始まりました。
燃料の主成分は炭素(C)で、燃焼することにより酸素(O)と結合して最も温室効果のあるガスである二酸化炭素(CO2)となります。  人力や家畜の力を利用していた古代~中世では、二酸化炭素の放出量より植物の光合成の結果排出される酸素の方が上回っていたものと思われます。  ところが、産業革命以後、機械を動かすエネルギー源を化石燃料に求め、現代生活に無くてはならない物となっています。  しかしその結果、大気中の二酸化炭素の割合は増え、地球温暖化とそれによる各種の弊害を生むに至っています。
 温暖化の影響は平成13年の「第三次評価報告」によると次の通りです。
●1990年~2100年までの全地球平均地上気温の上昇は1.4~5.8℃と予測。(旱魃・洪水多発)
   ※気温が1℃上昇する毎に、米、小麦、トウモロコシの収穫量は10%減収すると言われます。
●1990年~2100年の海面上昇は9~88cmの上昇と予測。(オランダ国土の大半水没、塩害多発)
●経済的損失は先進国よりも開発途上国の方が大きく、両者間の格差は拡大すると予測。
わずかな気温上昇では中緯度での農作物生産にとって好影響であるが、それ以上進むと悪影響が。
  
熱帯ではわずかな気温上昇でも生産量は減少。 結果、食糧価格が上昇と予測。
●生態系では脆弱な種の絶滅リスクや生物多様性の損失リスクが増大すると予測。
●マラリア、デング熱の伝染可能性の範囲が拡大する。 熱波の増加により熱に関連した死亡や疾病
  の増加、洪水の増加により下痢、呼吸器疾患、特に開発途上国では飢餓の増加を予測。
問題点(4) 地下水の大量利用による水源の枯渇
 水源の枯渇、農地の減少は忽ちにして国民の生活を最大限に脅かします。  人類の歴史は耕地を求めて、フン族、ゴート族、バイキングなどを代表例として、その誕生以来数限りない他国への移民、移動、侵略を重ねて来ました。  地球環境は絶えず変化し、時には生存を脅かすほどの厳しい生活条件を地域住民に押し付けます。 地球は水の惑星とは言われるものの、全ての場所に豊富な水を供給してくれる訳ではありません。 地球表面積の3分の2が水で覆われていますが、私達が普段利用できる淡水はその内の2.5%しかありません。 さらにその3分の2は南極・北極や氷河の氷として閉じ込められており、残りの3分の1は地下水となっています。 私達が普段身近に生活用水として利用出来る地表の淡水は地球全体の水の中でも0.008%(10.5万k㎥)にしか過ぎません。
 現代でも世界の農業用水の約2割が地下水によって賄われており、特に乾燥地帯(インド南・西部、中国北・中部、アメリカ中・西部、北アフリカ、アラビア半島等)の地下水層では、降雨によって溜まる水よりも地下水の揚水が継続的に多くなっている為、水源の枯渇、土壌の塩類集積の問題を抱え、その分、降雨水・地下水を集めた大河に水を求めようとします。 しかし国際河川(ヨルダン川、ナイル川、アムダリア・シルダリア川、ガンジス川、チグリス・ユーフラテス川など)では、上流に位置する者が流量を調節することが出来るため、流域国による水をめぐる紛争が多発しており、化石燃料よりもさらに生命に直結し、急を要する事だけに問題は深刻です

モンスーン地帯 稲 作
一方、我国を含めて、アジア・モンスーン地帯といわれる国々は年間降水量が1500ミリを超えており、単位面積当りの収穫量が多い米作を中心にしている事から、高い人口密度を可能にしております。 これらの地域でも渇水と洪水があり、水のコントロールは大変重要な課題となっていますが、灌漑用の大規模なダムを含めて、地域的な灌漑の手段となる池や堰、用水路・排水路などの「水管理システム」を地域の農民の共同体で古くから管理運営されて来ています。
 この様な中から、共に生きる体勢が醸成され、さらに水田、溜池、用水路を含む湿潤な地域は多くの動植物と共生し、それ等がもたらす相互利益を共有します。  その様にしてわずか100年程前までは夫々が少しづつ不便を我慢しながら共生して来ました。 ところが、農業と工業で単位面積当り収量を比較した場合工業は農業の1000~1500倍あると言われます。 これでは人口密度の高い地域で産業間競争をした場合、農業に分がある訳がありません。 そして堰を切ったような工業化と、その空白を埋めるように食糧の輸入がはじまります。 その輸入先は「人口密度が低く、効率的な大規模農業が可能ではあるが降水量が少なく、有限の化石水に頼っている世界の穀倉地帯からの輸入」に依存する、「水資源の貧から富への移行」という根本的な矛盾を抱えます。
 その様な側面から見ると、今後世界がたどる道はほぼ見えてきます。 水をめぐる争いは確実に避けられないでしょう。 水への価値感も現在の石油、もしくはそれ以上の物として位置づけられるでしょう。 さらに水不足は即生命の危機を引き起こすだけに争奪戦は必死のものになるでしょう。
 国家は国民の生命財産を守る事が優先的な義務であるとするならば、他国への侵略も厭わないかも知れません。 あるいはその義務を果たせずに、国家としての体を成さず、民族単位の群雄が割拠しているかも知れません。 そして他国侵略の手段は、生活環境を破壊する核や細菌戦争では意味がない為、避けられてもっぱら進入、侵略、移住という手段が使われるでしょう。  
 世界はこうした悲劇のシナリオを避ける為に、現在の効率という面からではなく、少なくともここ20~30年間の総合的な効率をふまえて今のうちに出来うる手(バイオテクノロジーその他の技術)を打つことが、明らかに今後の生き残りをかけた中・長期経営計画に合致していると思われます。
そして我国は悲劇のシナリオからすると間違いなく侵略される側に入ります。 さらに自給率40%を実質数字に直すと、年間2600トンの穀物を輸入しており、その穀物を作るには、260億トンもの水が使われていると言う事になります。つまり間接的に穀物を輸入した国の輸入量の1000倍もの水を消費している事になり、水不足を引き起した影の主役と言われても仕方のない実績です。 
 そう考えると、自給自足、地産・地消は私達の生活防衛でもあり、また、輸入相手国の根源的財産である「化石水」を少しでも長持ちさせる手段でもあります。

米国中西部

センターピボット
 米国中・西部のテキサス、コロラド、オクラホマ、カンザスの各州にまたがる有名な穀倉地帯の「グレートプレーンズ」では、ロッキー山脈からの水脈が約2,000㎢に渡って拡がる「オガララ帯水層」といわれる「地下水を揚水・灌漑して1マイル前後の農場に散水して、小麦、大豆、綿花、トウモロコシなどを育てるセンター・ピボット農法」を大規模に営んでいますが、地下水は毎分約1万リットル、年間で120億リットルもの大量に汲上げられます。 この太古からの帯水層は氷河期に長期間をかけて蓄えられた「化石帯水層」で、地質上、汲上げられた水は殆ど再補充はされません。 現在までの約40年間で水位は12m以上低下し、このままでは後50年程で枯渇してしまうと言われています。  井戸はより深く掘らなければならず、スプリンクラーや各種設備・器具に膨大な資金と経費が必要な、この地区の農民は少しづつ経営から撤退している人達が出て来ました。  穀物生産高世界第1位の中国や第3位のインドでも地下水が大量に汲み上げられているため、地下水位の低下による水不足は同様に深刻な問題となっています。
※(水の不思議と水の恵み)
 水は元々原始の地球には無く、水分を含んだ微惑星(現代私達が知る有名な微惑星ハレー彗星の尻尾は太陽風に煽られた水分が蒸散して我々の眼に見えます)の衝突により地上にもたらされ、太陽との微妙な距離(太陽-金星=距離 0.72、平均気温 500℃。太陽-地球=距離 1、平均気温 15℃。太陽-火星=距離 1.86、平均気温 -60℃)により奇跡的に水分蒸散を免れ、大気圏を形成したことは「生命の歴史」で触れました。  この地表に奇跡的に残った水は比較的大きい酸素(O)と、2個の小さな水素(H2)の原子からなり、2種以上の元素が結合している物質では唯一、水のみが気体、液体、固体と変化する事が出来る特異な性質を有します。
ハレー彗星
 そして、蒸発しては空の雲となり、液化しては雨となって地上に降り注ぎ、地下水(0.76%)として地中に留まるもの、河川や湖沼(0.01%)に流れるもの、南・北両極近くで氷河や氷山(1.76%)として留まるもの、そして地表の7割を覆う海水(97.5%、14億K㍑)として存在し、「水の惑星」と言われる地球上のダイナミックな活動の中心的な存在となっています。 水は有機物と結合して「生命の誕生」を生み、夫々の生命の大部分の組成を占めます。 人の卵子の97%、新生児の80%、子供の70%、成人の60%(細胞・血液・体液90%、脳85%、臓器80%、皮膚70%など)を体液水分が占めており、これらの水は塩分を含んでいて、生命が誕生した海の水によく似ています。  地表の7割を占める海水は温まり難く、また冷め難い性質を持っており、これが地表の温度を一定にする役割を果たします。  私達の人体の6割を占める水分も同様に体温を一定に保つ役割を果たします。 また水は酸素側で-、水素側で+の荷電を持つため、大変高い溶解能力を持っており、二酸化炭素を溶かして、水の中に固定し大気中の二酸化炭素の量も一定に保つ役割を果たしています。  -・+の荷電は浸透圧や毛細管現象も生み、岩石の中に入り込んでは凍結で膨張( 水は氷結すると1割近くも体積が増え、その分液体の時よりも軽くなり、水に浮きます)し、風化させて小石や砂へと変化させました。 さらに微粒子となって土を形成し、岩石中にあった養分を溶かして肥沃な耕作適地を形成します。 また水の溶解力は私達の胃や腸で消化された栄養分を血液中に溶けさせて全身に運び、ついでに体内に溜まった老廃物を溶解して体外に排出してくれます。
 我国の1日1人当り家庭用水の使用量は、1~2人所帯 300㍑、3人所帯 250㍑、4人所帯 230㍑、5~6人所帯 150~200㍑となっており、その内訳は風呂 26%、トイレ 24%、炊事 22%、洗濯 20%、洗面・その他 8%が国土庁の統計にあります。 ここでも小所帯が不経済である事がはっきり現れています。
 近年、異常渇水が散見され、今後ますます頻発する事が予想され、各家庭での節水は個人の責任において実施しなければ成り立たない状態が予想されますが、その時私達は何をするのでしょうか? 
私達の1日1人当り水使用量が平均で最も多かった200㍑として、その半分の100㍑で都市の家庭生活がどこまで維持できるか、という実験がされたことがあります。 平成3年に国土交通省(当時建設省関東地方建設局)が首都圏の一般家庭68世帯で行ったものです。 その結果、トイレ、洗濯は再利用されることが多く30~40%に押さえられました。 入浴、炊事、洗面は約50%の節水でした。 全体では1日平均94㍑にまで節水がおこなわれたのですが、節水に要する労働時間と作業量は増えて、不潔感や家族の不平・不満など大変なストレスが溜まり、2週間が心理的な限界という結果でした。 実験結果で効果が大きかったのは、植木への散水で22.5%もの節水が行われた事です。
 これは食糧・水不足時代での植物栽培の面で大きなヒントとなります。 この実験が行われた平成3年当時は1日1人当り家庭用水の使用量を200㍑に仮設定していましたが、核家族化の進展や生活様式の変化等により、年々水使用量は上がっており、現在では250~300㍑に設定しなければなりません。
我国はアジア・モンスーン地帯に位置しており、世界の降水量(年平均970ミリ)と比較しても多い降水量(1,750ミリ)がありますが、国土面積が狭いため、一人当たりの降水量(年間5,500㎥)は世界平均の1/5程度と大変厳しい状況にあります。  そこで、
我国では古来より、ダム・溜池・水路開拓など、色々な利水・治水対策が実施され、荘園などで水を利用するための社会協同システムも作り上げられてきたのですが、近・現代の工業化、都市化は、この権利と義務により命の水を守り、利用する自治的な仕組みを弱体化させ、これに代わるシステムを模索しています。
当然のことながら上記の実験結果にありますように、大変な不便やストレスを感じる
のは最終の利用者であり、場合によっては「生命の危機」ともなるのですが、これを行政の責任とするには膨大な税金を覚悟して、なお且つ工業的な手法に頼る事による、環境や生態系の破壊をある程度は覚悟しなければなりません。   やはり、水の最終消費者が無理ない程度(行政実験では10~15%)に節水することが現状では最も有効で環境に適した手段であると結論付けられています。  そうだとするならば、各家庭では何も生活用水を減らすだけが節水というわけではありません。 本来水は自然環境の中で誰にも公平に循環しているのであり、その中で夫々が思い思いの用途に利用しています。 
それを社会の求める方向に流し、集めて利用しようとする瞬間から、極めて社会的な存在となります。
そして、社会全体が求める使用量と自然が供給出来る使用量のバランスが問題になります。 これは人類が共同社会を構成してその利点によって生きようとした時からの宿命ですから仕方のない事と思われます。  そうだとするならば、水使用量に関しても、個人が社会全体の使用量を削減する事が出来ればバランスがとれる訳であり、社会が使用している工業用水のうち、各家庭で受持った場合はどうなのか?という、水に関するバランスシートの作成が検討されるべきです。
家庭菜園がどの程度節水に貢献出来るかは不明です。 しかし全国4,700万所帯のベランダや庭先に、ミニトマトの真っ赤に輝く実が鈴なりに実り、ゴーヤの精悍な表情の実が垣間見え、その持ち主が右から左から眺めつつ、甲斐々々しく世話をし、それを子供達が興味深そうに眺めている姿を想像しただけで何か嬉しくなってしまいます。  もしも、そんな姿があったなら、そこには水の不思議と生命に対する根源的なパワーを完膚なきまでに見せつけられるでしょう。  さらに、太陽と水(と炭酸ガス)が作り出した産物を目前にして、そして本来の味を感じて、生産者と自然に尊敬の念を抱くでしょう。  それが毎日々々繰返されることに 
よって、自然循環システムへの社会的な受け入れ態勢がどんなに好転するかは計り知れません。
私達の店は住宅街の中にあります。 各家庭の庭先や塀には花が多く植えられています。 花の時期、色、香り、その他色々な話題が飛び交います。  それだけで充分なのですが、中に食物である野菜や果物が入っていれば、さらに世代を超えた生命に関する立ち話がされるように思われます。
※(水耕栽培について)
 植物は太古の時代より光合成(太陽光等の光エネルギーを利用して二酸化炭素と水から炭水化物をつくり出す機能)により生命の維持、成長を図ってきました。  そして、数億年前オゾン層の形成と共に紫外線の恐怖から解かれ、陸上生活に対応できる各種の機能を整えた時点で、より成長条件の有利な淡水の水際から徐々に上陸を果たしました。 そして約3億7千年前には森林を形成し大爆発とも言える動植物の繁殖期を迎えます。 土中動物や菌類も増加して土壌も発達し、有機物やミネラルを多く蓄えました。 土中に有機物が蓄積されると、植物の栄養源となる微生物が分解した養分が増え、その結果、植物を食べる草食動物が増え、さらにそれを食べる肉食動物が増え、その糞や死体、落ち葉などによる微生物の栄養源が増える「森の食物連鎖」が活発になります。 
この循環が盛んであればある程、植物が呼吸する時に自家消費する酸素よりも、光合成の過程で排出される酸素の方が多くなり、結果的には大気中の酸素が豊富になるという自然環境が形成されます。 現在地球上の植物は約30万種もあり、そのうち人間が食用に利用するのが約1万種で、農耕栽培するのはわずか100種類です。 重量ベースでみると地球生命の99%が植物であると言われます。 また前記の様に水は地表の7割強を占めます。 この様に見てくると私達の棲むこの地球の生命活動は、圧倒的な数の植物と水と大地と太陽の織りなす、エネルギーの転換活動のもとに繰り広げられており、人類は残り1%の、そのまた数%の存在で、自然のおこぼれを頂戴しているに過ぎない事が理解されます。  そんなスケールのバカデカイ自然の一部を、少しばかり自分達の好きにしても大して変わりが無いという感覚はあっても当然だと思われます。  電気の付けっ放し、水の出しっ放し、その他日常の生活では大なり小なり経験される事です。 確かにその程度で変わるような地球のスケールではないでしょう。  しかし、逆に考えて見ると99%の植物がガッチリ固めているこの地球環境の生命活動システムが1~2%の変動があったとしたら、全く何事もなく過ごせるとは考えられません。 生命活動の対極(酸素呼吸)を成す残りの1%を占める生物が全滅する危機も可能性としてはあるということです。 そうだとすると、私達量的(圧倒的)弱者である人類は、植物の好まない事、好まない環境に手を貸しては結局自分達の首を絞める結果になります。 とは言っても生命活動の対極にある人類の絶対数が増えるという事は、それ自体が植物の占める割合が若干とは言えども減るという事であり、これは人類の責任持分の中で何とかしなければなりません。 生命活動の中で共に使用する「水資源」の確保も共同責任となります。
 植物が生きる条件「二酸化炭素+水⇒糖+酸素=光合成」と、生育条件「養分=腐葉土、その他」を「人口増加」、「利用可能な水の不足」という情勢の中から確保する為には、人類が獲得した叡智を利用する必要があります。 そうした中から有機農法、微生物(酵素・EM菌)農法、合鴨農法、バイオ(遺伝子組替等)農法、など各種の農法が研究開発されています。 これ等の農法が生産者と消費者のニーズをつなぎ、なお且つ自然と調和し難い化学薬品を使わないという意味では今後に大変期待されます。
 ただ、これ等は生産者に価格、労力、時間ともに一方的な負担を求め、消費者側にも専門知識と長い目で見た理解を求めます。  そこで消費者側でも、現代では一般に身近で無くなった農業を、誰でも身近に体現出来る事が理解を早める近道であると思われます。 その事が場所も取らず、専門知識もあまり必要とはしない水耕栽培に期待されます。 つぎに水耕栽培について簡単に記します。
最近、東洋製罐㈱高槻工場に用事があって訪問した時に偶然知ったのですが、当店から徒歩でも15分程の位置にある協和㈱という会社があり、同社の植物学者野澤重雄氏によって開発された水耕栽培「ハイポニカ システム」がありました。  
※先日同社、高槻研修センターを訪問し、サツマイモによる屋上緑化システム、ヘチマによる壁面緑化、トマト巨木、家庭用水耕栽培システムについて時期、手入れ、日照等について大変親切に教えていただきました。
何よりも感銘を受けたのは、同社の水耕栽培システムの開発(昭和45年)の経緯が、当時はまさに我国の高度経済成長期(
工業化・都市集中)ではあったのですが、将来の食糧危機を強く感じられた事、それのみに関わらず、生命自体の可能性を深く追求された事です。
  ※ 詳しくはリンク許可をえましたので「ハイポニカ」で検索、内容確認して下さい。

協和㈱高槻研修センター
研修センターで栽培されている「ミニトマト」「サラダクレソン」「オクラ」「キュウリ」などの一部が試食程度に販売されており、夕食時に試食したところ、シャリ感、甘み、色艶などは抜群のものがありました。  普段スーパーなどでは手に入らないものだけに、しばらく見ていると食品というよりも、「生きた存在」という感じを強く受けました。
ハイポニカ 温室ミニトマト巨木 家庭用キュウリ ハイポニカ 温室サラダクレソン 家庭用メロン
※(食品の水分含有量について)
 食品で「水分含有量(生感覚・食感等)」と「保存性(取扱いの簡便さ)」という概念は反比例しますが、
 当店で取り扱う菓子類は水分含有量によって、食品衛生法で次の3種類に分けられます。
 ○生菓子  30%以上  水分、油脂分が多く、長持ちしない菓子を総称します。
         和生菓子(羊羹、饅頭、餅類)、洋生菓子(シュークリーム、スポンジケーキ)賞味期間1~2日
   当店取扱品:ジュース(清涼飲料水、ドリンクゼリー)、プチプリン、コンニャクゼリー等 賞味期間3~8カ月
 ○半生菓子 10~30%  食感が軟らかく、生菓子より日持ちがするように作られます。
         和菓子(松露、もなか)、洋菓子(バウムクーヘン、ドーナツ)     賞味期間3~7日
   当店取扱品:のしイカ(魚介加工品)、調味梅漬け、グミキャン、マシュマロ等  賞味期間3~12カ月
 ○干菓子  10%以下  駄菓子の大部分はこの範疇に入り、水分を少なくする事により衛生上
          のリスクを軽減すると同時に、賞味期間を伸ばし、流通及び販売を容易にします。
   当店取扱品:スナック、チョコ、アメ、ガム、ラムネ、魚介乾製品、糖菓、カンパン等 賞味期間4~60カ月
※賞味期間の違いは水分含有量のみではなく包装形態(缶、防湿・断熱・遮光包材、脱気・真空、ガス充填等)、
 糖蔵・塩蔵(自由水を減らすことにより腐敗原因微生物の増殖を避ける)、保存料、燻製(塩+煙によりホルムアルデヒド、
 フェノール樹脂をつくり、表面の腐敗原因微生物の侵入を防ぐ
)および加熱殺菌製造工程の有無などによって変わ
 ってきます。 各商品に水分含有量の表示がないのは、製造時の湿度、原料の状態、経時変化など
 によって変って来ますので、もし表示するとしても曖昧な表示にしかならず、生・半生・干・乾のような
 概略 表示にしかなりません。
この水分含有量・包装形態、その他各種の保存加工を施す事によって、3年~5年の賞味期間を得、非常用の糧食として防災グッズとして設定されているのがカンパンです。
当店取扱いのカンパン(三立製菓製)で試食アンケートをした結果、「うまい68%、普通32%、まずい0%」普通という人はパサパサするという意見が多くありました。 そして将来食糧難になったら?という設問に対しては「食糧を貯める 35%、食糧を作る 32%、なる様になる 29%、その他 4%」でした。 10~18才の児童、学生がほとんどでしたが、以外に堅実な考え方をしているのに安心しました。
 次に参考のために各種の食品の水分含有量を無作為に記します。
 食牛肉 52~53%、 魚肉 60%前後(クラゲ・ナマコ90%前後)、 鳥肉 70%前後、 葉菜類 95~96%、
 国産生椎茸 91%(中国産は約85%)、 いちご 88~91% 、にんにく 60~65%、 そば粉 12~13%、
 コーヒー豆 41~42%(乾燥豆12%前後) 干し柿 25~30%(あんぽ柿50%前後)、 くるみ 4~8%
 パン生地  35~38%、 生チョコ 8~10%、 干ししいたけ 10%
 もう一つ参考のために、水分含有量による手触りの感覚を実験したデータがあります。
 1、濡れた感覚:水分含有量40%、2、湿り感覚:10~40%、3、乾き感覚:10% でした。
 なお人間は水分含有量40から45%になると生きられません。 1日2.5㍑の水分補給が必要です。
生物の知恵と人類の知恵
 地球誕生より45億年、生物の誕生より35億年、生物の上陸より5億年、対して人類の歴史は
0.05億年(猿人・500万年)と、全体からは1%にも満たない微々たる足跡です。
しかし、人類は出現当初より環境に順応して来たという事では他の生物とあまり変わりは無いのですが、わずかながら環境を知恵により克服して来たと言うことが大きな違いとなり、比較上からは微小な時間の間に、過去35億年に勝るとも劣らない生活改善事業を行っています。 火や道具の使用、被服、農耕、遠隔地移動、化石燃料の使用、文字や情報媒体の使用、化学薬品開発など数えあげたらキリがありません。  人類は太古の「光合成」「ミトコンドリアの共生」「上陸」「裸子・被子植物の受粉」等々に匹敵する様な事業を知恵という武器のもとに次々と開発して来ました。 これ等の事業が「光合成」や「ミトコンドリア」の様に未来永劫に続く営みであるのかどうかは未来の時が判ずるでしょうが、その前に私達現代に生きる者が、太陽系宇宙や地球の歩みの中で、
これ等の「人類の叡智」を自然の歩みの中に、如何に共生しながら、発展・継承していくかが問われており、この圧倒的な自然(宇宙の原理)のエネルギーの返還運動が生命活動そのものであるとするならば、少なくとも地球が、成層圏が、大地が、海が、水が、どの様にあり、どの様に変わろうとしているのか?を知る事なくして平穏な未来を夢見る事は不可能であるものと思われます。
 「自然との共生」という事は、それは生理的・常識的に誰もが持っている「好の感覚」でしょうが、近代的生活空間に囲まれている程に、「人工的なもの」を「好」として感じる場面に多く遭遇します。 そして本来あるべき「好・悪」の感覚を鈍らせてしまうという危うさも持っています。 特に私は最近暑さ・寒さ・遠さ等を克服する根性を無くした様で、つい人工的なものに頼ってしまいます。 その結果、「自然は人類がコントロール出来るもの」という、大いなる錯覚が意識下に繁殖します。 その意識の背景には「自然の恩恵は当り前」であり、「人為的な恩恵=便利はお金で買える」という既得権意識があるように思えます。
 体重50kgの人が1日基礎代謝量として2000calの食糧をエネルギーにして、酸化させるための酸素を消費(でん粉などのエネルギー源質量の約20%)したとすると、人の一生(70年と仮定)では14トンものでん粉+酸素が身体を通過することになります。 まずここで確かな事は、そのエネルギー源は当然の事として自分で作り出すことは出来ないという事です。 そして第一に植物と動物の運命共同体が組まれます。
その中のほんの一部にホモサピエンスが入っていたのですが、やがて脳を発達させ、楽にエネルギーを取得する方法を見つけ出しました。 なお且つ分業化という社会を構成する事によってさらにエネルギー取得効率を上げました。 そして他の動植物を席捲して人口爆発の時代を迎えようとしています。 ここで、生物と人類の知恵の原点に戻る事が求められています。 最も根源的な「生命活動」をお互いにストレスなく出来るような量的バランスを取る事です。 当然、地球環境は地殻変動、気候変動など長いサイクルの変化を続けます。
 それは我々の手でどうすることも出来ない変化であるとして、少なくとも我々の責任範囲と考えられる地球動植物との好バランスは確保したいものです。
食糧不足時代に向かって!
 楽しかるべきフリーランド-☆-  そして希望に満ちて未来の架け橋であるべきフリーランド-☆-
そんなアクティブで建設的で夢のあるべき場所を厳しい話題で溢れさせてしまいました。
しかしもう一度、前章の「生命の歴史」をふり返って見てください。 地球上の生命は奇跡的条件によって誕生し、その後も地球環境の変化に適応できなかった生物種は絶滅し環境に適応するべく進化した生物種のみが生き残り、子孫を残してきた事実があります。 どの時代にも地球上の生命は「生きて、そして次代に引継ぐ」という事を目的にしておりますが、太陽系宇宙や地球そのものが変化する環境の中から生まれてきたものである以上、生物の生活環境は絶えず変化するのは当然であり、変化は生きていく上で厳しい条件を突きつけるのは避けられない、という事も理解できると思われます。
 そのような生活環境が大前提にあることを踏まえて、また「生きること」が厳しい事をDNAに染み付かせているからこそ、脳を発達させた人類は「生きていく事の成功体験」を喜ぶ感情を持ちます。 その事が技術革新を生み、農耕、牧畜に始って水利、灌漑、機械器具の開発、交易、産業革命、緑の革命(21世紀の課題参照)、有機栽培などへと繋げていきます。 
いま「太陽エネルギーの利用」「バイオテクノロジー」その他、各種食品工業技術の飛躍的発展が官民を揚げて図られ、来るべき「食糧不足」の時代に対応しようとしていますが、技術自体が専門的に過ぎるのか、なかなか一般の消費者に理解されているとは言えません。


私達の普段の生活では、家庭で食品原料より加工する事は比較的少なくなりました。 また冷凍・冷蔵設備も各家庭に整っています。 保存という点では失敗経験も少なくなり、保存の工夫もあまり必要ではなくなって来ました。  したがって、食品の安全性や保存、さらには安定供給までもの大部分が生産者側の全面的な責任として、消費者は専門的な知識も経験もなくても「ただ食べるだけ」といった風潮もあり、「遺伝子組換え技術」など食糧不足時代にも対応出来るような画期的な新技術も、情報浸透力の不足により、消費者にはただ怖さだけが先に立って、現状では国民的に爆発的な推進力とはなっていません。
国民全てが食糧確保の問題に真剣に取り組むには、今しばらくの窮迫の時を待たねばならないのかも知れません。 たぶん窮迫の時を迎えた場合は、結果的には同じような行動を採っている事でしょう。 しかし、そこに至るプロセスで必要以上の犠牲を払う事を覚悟しなければなりません。
 人類は過去、多大の犠牲を払って急激に次の時代に移行してきた圧倒的多数の経験と、一方では、水田稲作の導入、新田開発、産業革命など、時間をかけて、あまり犠牲を払わずに、その後の社会を大きく変えた経験も併せて持っています。 どちらが良いかは一目瞭然ですが、「食糧不足の時代に対応する食糧確保」のプロセスは後者の方で移行するような気がします。 なぜならば、生産者側には今、有機、バイオ、水耕、帰農、家庭菜園など食糧生産革命の意欲とエネルギーは充満しております。
 後は消費者側と流通に携わる人達が「新しい食糧確保事業」に対して、若干の犠牲と意欲をもって「直ぐそこに迫っている次代に望む」ことが期待されます。
 この項の最初に少し触れましたが、人類は脳を進化させ、生きる為の智恵を身に付けて、高度に発達させた分業化社会を構成し、身体能力以上の力を身につけた為「生きて、子孫を残す」という以外に、人間社会だけに通用する価値感である権利と義務等の様々な「社会的な生き方の制約を受ける」ようになりました。 社会を構成する事により強力な力を発揮する事が可能であったと言う事は、人が生まれて以来、人生を過ごすに従って数限りなく経験してきた為、人にとってそれはもう無意識の領域に入るべき常識ともなっています。 したがって、人は時に社会から逸脱して極端な個人主義の領域に入り、結果の無力感に打ちひしがれて元の社会に復帰します。 そして夫々の社会は分業化による共同体である以上その構成メンバーには共通の利益を求める事を優先します。
他国の人達と個人的には共通の人生観・価値感が得られたとしても、夫々が構成する国家という社会間では利害関係が敵対し、人権やヒューマニズムと言った価値感が外交の建前とはなっても本音の部分ではほとんど機能しないという厳しさも持ちます。 また「総論賛成、各論反対」と言った議論の為の議論もこれに類似します。
 とにかく人間社会は機械化、電化、情報処理(遺伝子情報含む)化等の生活情報を、新しく眼の前に突きつけられた時、まず驚いて大変な興味を示します。 次に自分達の旧来の生活の中に採り入れて問題がないか検討します。 そして既に開発者危険を負担した先進社会の成功部分だけを採り入れて便利さの裏に潜む退廃と伝統文化の荒廃に悩み、新技術の導入に反省と疑念を持ちます
その様な葛藤のもとに「生きる」と言う事の定義付けを時代と地域により少しづつ変えながら、その生活環境に合わせて来ました。  従って「生きる」と言う事が大変厳しい時代となると、生物本来の生命活動を目的とした行動が全てに優先するでしょうが、多少時間に余裕がある場合は「表面上の社会間の格差」に目を奪われて、有効な対策を打つことに逡巡があるように思われます。  特に機械化、電化などには物的・人的・時間的な投資が必要でした。 今後必要となるであろう、バイオ技術等はその上に高度の科学知識を必要とします。 まして、電気や機械のように瞬時に結果が出せるものではなく、少なくとも育成の時間が必要となります。 有機物であるだけに、その結果には多くの条件が絡んで来て、成果を得るには、無機工業に比べるとさらに経験と熟練を要します。 
 その様な事を考えますと食糧危機が濃厚とされる2050年代を前にして、対策を講じたとしても遅きに失することはほぼ間違いありません。   温暖化、水不足、天候不順などの生活環境の異変はすでに始まっています。 多くの人がこのまま行ったらどうなるのか?という不安を抱えています。 数年先にはその意識はもっと拡大するでしょう。 さらにその?年先には危機回避の手段が明確に意識されない場合は絶望からパニックを起こすでしょう。  これは本来の生活環境実態よりもっと社会を破壊し、決定的な生命の危機を起こす誘因となるでしょう。 それを回避するためには、少しでも将来に対する希望が毎日の生活の中で身近に感じられる事が必要で、しかも誰もがどこでも出来る事が必要です。

家庭用
水耕栽培
そう見て来ると、ピッタリのものがあります。 家庭菜園、ベランダ菜園、水耕栽培などです。
生命の息吹が毎日眼の前に見る事が出来ます。 そして私達に絶えず安心と安らぎを与えてくれます。 そんなに少量では足りないという不安は当然あります。 しかし、私達は分業化社会を構成しており、各々が役割分担している事によって生活が成立っているとすると、社会の崩壊こそがより喫緊の課題であると言う事は誰にでも理解されると思われます。

 私達人類は狩猟・採取の生活から、農耕・牧畜という多少自然を加工する生活に入り、
さらに品種改良・養殖という最も人工的な自然との共生生活に入りました。 そして今、
長い年月をかけて受継がれてきた、生命の根源とも言うべき遺伝子操作を行おうとする
バイオテクノロジー(生物学+技術)」の世界に入ろうとしています。 これは1972年に
細胞融合(細胞壁を取除いた裸の細胞を電気刺激などにより融合させて雑種細胞を作る)技術が開発
されました。 すぐ翌年には遺伝子組換え( 従来からあった品種改良、醸造等の遺伝子の働きを
利用した技術に加え、遺伝子DNAそのものを取出して、微生物、電気ショック、高圧ガスなどによる改変・
加工する事によって、冷害や害虫に強い作物を作ったり、医薬品、化学製品にまで応用されます
)技術が
開発され、農産畜産、医療、化学品、ゴミ処理、コンピュータ、砂漠緑化など巾広い分野
に応用され、現代抱える様々な問題を一気に解決することが期待できる魔法のような技術

水耕栽培
大小ミニトマト
ですが、遺伝子という生命活動の根源的でなお且つ永続的な物質を、人類のと言うよりも、特定の個人又は団体によって開発され、特定の時期・目的のために利用する事が可能であるという問題点も持ちます。  この技術は、かつての産業革命のような社会革命(機械化、工業化、都市化、大量生産・消費)が起る可能性(食品工業、食・住生活、医療、野生種の減少と生態系変動など)を強く予感させます。  遺伝子操作という、永続的・無期限に影響を及ぼす作業で、細菌培養と同じく一歩間違えばどのような結果が出るか解らない未開拓、未整備の分野ですが、それでもアルコール、抗生物質、アミノ酸等を生産する発酵バイオ技術はすでに1世紀もの経験を経ています。 今後多方面でバイオテクノロジーが研究開発される事は間違いないでしょうが、中には失敗も、時代のニーズに合わなくなりお荷物となる物も出てくるでしょう。 その危険を出来るだけ少ない物とする為にはバイオビジネスの経営理念を明らかに持ち、自ら検証チェックし、失敗を解消出来うる能力のある組織体である事が望まれます。 それでこそ新世紀の信頼されるべきリーダーとして確固たる位置を占められるものと思われます。 
一方、食品工業製品の最終消費者であり、危機感を持った家庭菜園の生産者でもある各家庭の人達は、毎日身近に生命の息吹と人間活動との共生を感じます。 そして、生命のあるべき哲学を身につけた人達は各種の社会に対する強力なチェック者となります。 
 もう一方の関与者である流通業者は「生産情報と消費者への物資の運送の役割」を担います。
消費者ニーズ商品の運送という面では極めて受身の業務ですが、それは「生産=消費」という順調な時のみの話であり、そのバランスが崩れた場合には、何等かの手段でバランスを保たせる役割と責務があります。 これは何時でも、また消費者が望む物全てという訳ではもちろんありません。 特に生命に関わるような事態ではメーカーに無いからと言って役割を放棄する事は出来ません。 どこかから集めてきて必要な人に届ける。  たとえ集荷先が各家庭であって物の流れが逆転していたとしても、数量が少量で経費的に見合いが採れなくても、その時出来る事を積み重ねて行く事が、やがて仕組みの改変を生み、責務を果たす事が可能となるように思われます。
 我国の中小企業は99%を占めるといわれます。 人体で言えば小企業は毛細血管の様な機能を持つものですが、末端に位置するだけに自由な動きに対応できます。  したがって、身体全体が要求するものにいち早く対応する事が出来ますが、ただし心臓部から動脈を通じて流れてくる血液や神経によって、その可動範囲は制限される事も確かでしょう。 その様な中から、私達小企業の役割を捉えると「生活→衣食住→食→?」に何等かの方法で関わらざるを得ないと考えられます。
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